水陸両用作戦と「アイアン・フィスト」


 
水陸両用作戦と「アイアン・フィスト」

2026年2月11日(水)3月9日(月)、沖縄県~九州・山口県で、
日米共同訓練「アイアン・フィスト26」
の実施が計画されています。

以下、この戦争訓練について、2月7日の「島じまへとへとゆんたく」でお話した内容をまとめました。
▶ツイキャス録画


もくじ
①去年の「アイアン・フィスト」
②「安保再定義」から「離島の作戦」へ
③「奪回作戦」と「アイアン・フィスト」
④「太平洋戦争」と「水陸両用作戦」
⑤種子島と「水陸両用作戦」
⑥「アイアン・フィスト26」と「水陸両用作戦」



①去年の「アイアン・フィスト」

2025年2月19日から3月7日までの17日間、米海兵隊と陸上自衛隊水陸機動団が中心となって「水陸両用作戦に係る行動を共同・統合により演練」する「アイアン・フィスト25」が、長崎県・熊本県・鹿児島県・沖縄県で、「アイアン・フィスト」としては過去最大規模(約4000人参加)で行われた。

2024年の「アイアン・フィスト」で初めて日米共同訓練が行われた沖永良部島(鹿児島県・奄美群島)は、島全域が軍事訓練場であるかのように扱われた。海岸・海浜公園での着上陸訓練や、グラウンドでのオスプレイ等日米航空機の降着~陸上戦闘訓練、など。水陸両用作戦の訓練を通して、琉球弧の、とくに薩南諸島の自然環境の軍事利用が拡大している。

▲動画は「水陸機動団」のYouTube『令和6年度第3海兵機動展開部隊との共同訓練(IF25)』


標的にされているのは入砂島(沖縄県島尻郡渡名喜村/出砂島)…渡名喜島の人びとの聖地であったが、沖縄戦の際に米軍に占領され、奪われたまま「射爆撃場」に指定され現在に至る。





②「安保再定義」から「離島の作戦」へ

1989年~1991年、東西冷戦の終了とソ連の解体。それまでの最大の「仮想敵」を失った日米安保体制は存在意義を問われ、転換を迫られることになった。日米安保は「再定義」された。しかしそれは、日本により大きな負担を求める「軍事同盟」としての、日米安保体制のさらなる強化だった。

そして、日本の「負担」と軍事同盟の「強化」は、その後、南西シフト」と呼ばれる〝琉球弧収奪〟に集約されていくことになる。


1996年4月、『日米安全保障共同宣言 ー21世紀に向けての同盟』。総理大臣と大統領は、「日米安保条約に基づく米国の抑止力は引き続き日本の安全保障の拠り所であること」「米国が引き続き軍事的プレゼンスを維持することは、アジア太平洋地域の平和と安定の維持のためにも不可欠であること」を確認した。それまでの「極東」から「アジア太平洋地域」へ、さらには「地球規模」での日米協力にも踏み込んだ。

1997年9月、前年の「共同宣言」の合意に基づき、19年ぶりに日米防衛協力のための指針(日米ガイドライン)』が改定された。(1)平素から行う協力(2)日本に対する武力攻撃に際しての対処行動等(3)日本周辺地域における事態で日本の平和と安全に重要な影響を与える場合(周辺事態)の協力、の3つを柱とした。

(1)では、日米共同作戦計画の検討や共同訓練の強化などが掲げられた。

(2)では、日本への侵攻に対する共同作戦の実施に際しては「日本が主体となって防勢作戦を行い、米国がこれを補完・支援すること」になった。

1999年には(3)に基づき、『周辺事態法』等が制定された。〝周辺事態〟における日米の協力、地方自治体企業国民の協力、空港港湾道路病院の使用、などが求められることになった。

日本への侵攻は、主として「島嶼部(とうしょぶ)への侵攻」として想定されるようになった。日本の防衛(=島嶼部への侵攻への対処)を日本が主体的に行うという名目のもと、「島嶼戦争」の作戦化と、琉球弧の島じまの「最前線基地化」が始まることになる。2000年、陸上自衛隊の教範『野外令』が15年ぶりに改訂され、「離島の作戦」が初めて明記された。


「野外令」は「陸上作戦、部隊運用に関する陸上自衛隊の基本理念を内容とするものであって、全ての教範類の基準となるもの」(2025.4.16「教範類に関する達」より)

新ガイドライン体制のもと、2003年には『事態対処法(武力攻撃事態法)』など有事3法翌2004年には事態対処法の枠組みのもと、『国民保護法』特定公共施設利用法』『米軍行動関連措置法』など有事7法が制定された。

2004年の「防衛大綱」では「島嶼部に対する侵攻への対応」として「部隊を機動的に輸送・展開」することが明記された。中国の「核・ミサイル戦力」や「海洋における活動範囲の拡大」についても記され、防衛大綱における脅威の名指しの始まりとなった。

2005年10月、日米合意『日米同盟 未来のための変革と再編』日本は「島嶼部への侵攻」など「新たな脅威や多様な事態への対処を含めて、自らを防衛し、周辺事態に対応する」こと、米国は日本の防衛のために必要なあらゆる支援を提供する」ことが強調された。


たとえば、2012年の統幕文書『日米の「動的防衛協力」について』の「対中防衛の考え方」(自衛隊の言う「抑止力/対処力」の強化とは、まるで戦争のような軍事緊張状態を永続化させる態勢をつくるものであることがよく分かる図)では、琉球弧を「対中防衛」の最前線とし、「有事」には日本が主体的に行動し米軍が「来援支援」する様子が描かれている。

こうして、「再定義」された日米安保体制のもとで、アメリカの対中国戦略と、日本の防衛戦略が、琉球弧の島じまを「最前線」に仕立て上げる島嶼戦争態勢(南西シフト)として、ひとつに重ね合わされていくことになる。




③「奪回作戦」と「アイアン・フィスト」

こうした流れのなかで、「島嶼での対処能力の充実・強化を図る」 ため、2002年、陸上自衛隊相浦駐屯地(長崎県佐世保市)西部方面普通科連隊」が発足した。「日本版海兵隊」とも呼ばれる「水陸機動団」の前身となった。

この西部方面普通科連隊が、本場アメリカの海兵隊から「水陸両用作戦」を教えてもらう場として、日米共同訓練アイアン・フィスト」が2005年度(2006年1月)からアメリカ(カリフォルニア州キャンプ・ペンドルトン)で始まった。

当時(2006年1月23日)のしんぶん赤旗。「追及 米軍再編 変質する日米共同演習 米揚陸艦使い上陸訓練」

その後、2010年以降「南西シフト」が本格的に始まり、次々と琉球弧の島じまに新たな自衛隊基地が造られていくなかで、2018年3月、「水陸機動団」が2400人規模で発足した。水陸両用車「AAV7」2018年までに陸自全体で58両を調達)を主力装備とし、島嶼奪回作戦」を主作戦に掲げた。それは、「事前配備/増援/奪回」という自衛隊の「島嶼防衛戦」の「三段階作戦」の最終段階を担うものだ。自衛隊は日本軍による太平洋での島嶼戦争や沖縄戦を研究したが、島嶼の防衛は現実的に困難だと思った。与那国島や宮古島のような「縦深性」のない小さな島じまは、防衛戦には適さない。だから、島が戦場となり破壊され占領された後に実行する「奪回」作戦を重視した、らしい。

2017年の『統合運用教範』(統合幕僚監部監修)では着上陸作戦について、以下のように定めている。

着上陸作戦(水陸両用作戦)は、敵の支配下にある我が領土に対し、事前の火力制圧等により、沿岸部の敵を無力化し、着上陸に必要な安全を確保した上で陸上部隊を上陸させ、じ後の陸上作戦を実施するための基盤となる海岸堡の確保や島嶼の奪回等のために行う作戦である。


水陸機動団は、同時に創設された「陸上総隊」の直轄部隊として発足。(図は防衛省・自衛隊HPより)

「MAMOR」(防衛省・自衛隊の広報誌。扶桑社)に掲載された、水陸機動団を紹介するマンガの1コマ。


防衛省・自衛隊の「KIDS SITE」。「万が一に島にどこかの国の軍隊が上陸したときにどうやって対処するのでしょうか? その一つが水陸両用作戦です。航空機や艦艇の支援を受けながら陸上の部隊を上陸させ、島をとりかえします。」

奪回作戦は、2000年の「野外令」ですでに策定されていた。「離島を防衛するための基本的な対処要領」として、「事前配置による要領」と「奪回による要領」が示された。

海上・航空優勢の獲得の下、増援部隊を阻止して敵部隊を孤立化させるとともに、航空・艦砲等の火力による敵の制圧に引き続き、空中機動作戦及び海上作戦輸送による上陸作戦を遂行し、海岸堡を占領する。この際、侵攻直後からの継続的な敵部隊の制圧、増援部隊の阻止による孤立化及び離島への戦闘力の推進を迅速にするための港湾・空港等の早期奪取が重要である。奪回による要領 5 着上陸作戦 (1)基本的要領 ー
『自衛隊の島嶼戦争 資料集・陸自「教範」で読むその作戦』小西誠編著・社会批評社 掲載資料より

また、「野外令」には「住民の事前避難」を支援することや、着上陸作戦における地上偵察においては「島民との連携に務める」こと、占領された場合に「住民の島内等避難に務め、作戦行動に伴う被害及び部隊行動への影響を局限する」ことが記されいる。人の住む島を戦場にする際に、島民をどのように守り、どのように利用し、どのように作戦遂行の邪魔にならないように排除するのか、自衛隊が沖縄戦を研究し教訓を得た成果だ。

さらに、間接侵略事態等に適切に対処して地域の秩序を早期に回復」することが明記されている(間接侵略:外国の教唆または干渉によって引き起こされる内乱または騒擾)。これについて、軍事ジャーナリストの小西誠さんは、以下のように指摘する。

島嶼防衛戦において、新たに自衛隊を配備する与那国島・石垣島・宮古島・奄美大島などの住民が、治安弾圧の対象とされたことになる。これこそ、まさしく沖縄戦において、住民をスパイとして処刑した歴史の再現である。これが島嶼防衛戦の本質なのである。(『自衛隊の島嶼戦争 資料集・陸自「教範」で読むその作戦』小西誠編著・社会批評社 より)

「MAMOR」2020年4月号より


「アイアン・フィスト」は、2022年度(2023年2~3月「アイアン・フィスト23」)からは日本で、日米両軍が「戦域」と想定している地域により近いところで、
九州や沖縄で行われている。




④「太平洋戦争」と「水陸両用作戦」

かつて日本は、太平洋の島じまを占領して支配下に置き、軍事化し、戦場にした。小さな島じまに暮らす人びとにとってはまったく関係のない、日本とアメリカの戦争のために、島じまは破壊された。

…1942年8月、ソロモン諸島(1942年5月に日本が占領)に米軍が上陸、ガダルカナル島、ツラギ島、カブツ島、タナンボコ島…。1943年5月、アリューシャン列島(1942年6月に日本が占領)に米軍が上陸、アッツ島、キスカ島…。1943年11月、ギルバート諸島(1941年12月に日本が占領)に米軍が上陸、タワラ島、マキン島(ブタリマリ環礁)…。1944年1月、マーシャル諸島(1914年に日本が占領、1919年11月から委任統治)に米軍が上陸、クェゼリン環礁、ルオット島、ナムル島、エビジェ島、エニブージ島、エンニラビガン島、ロイ島、グゲゲ島、ビゲ島…、エニウェトク環礁、アルノ環礁、オトー環礁、ウジャエ環礁、ラエー環礁、アイリングラップ環礁、ナムー環礁、ナモリック環礁、エボン環礁、キリ島、ビキニ環礁、ビカール環礁、ウチリック環礁、タカ環礁、アイルック環礁、メジット島、ジェモ島、リキエップ環礁、ウジェラング環礁…。1944年5月、ビアク島(1943年から日本が飛行場を建設)に米軍が上陸…。1944年7月、北マリアナ諸島(1914年に日本が占領、1919年11月から委任統治)に米軍が上陸、サイパン島、テニアン島…。1944年7月、マリアナ諸島(1941年12月に日本が占領)に米軍が上陸、グアム島…。1944年9月、パラオ諸島(1914年に日本が占領、1919年11月から委任統治)に米軍が上陸、ペリリュー島、アンガウル島…。1944年10月、フィリピン(1941年12月に日本が侵攻、翌年1月に占領)に米軍が上陸、レイテ島、ルソン島、コレヒドール島…。1945年2月、硫黄島(1891年に日本領に、1944年7月に住民を強制疎開)に米軍が上陸、1945年3月、沖縄諸島(1879年3月に日本が沖縄県を設置)に米軍が上陸、慶良間諸島:阿嘉島、慶留間島、外地島、座間味島、安室島、屋嘉比島、久場島、渡嘉敷島…、慶伊瀬島…、1945年4月、沖縄島…など

「硫黄島の星条旗」写真:Wikimedia Commonsより



1775年、アメリカ独立戦争の際、大陸軍、大陸海軍に次いで、大陸海兵隊が編成された。

海上自衛隊幹部学校が発行する「海幹校戦略研究」掲載の論文『日米の水陸両用作戦プロセスの分析 ー太平洋の戦いにおける実相の再評価-』関 健太郎、海幹校戦略研究第14巻1号 2024年12月)によると、1775年に創設された米海兵隊は、日本軍と太平洋で戦うために水陸両用作戦の概念を創造し、実戦を通じてそれを実行する組織的能力を構築したという。

1921年に発表されたアール・エリス海兵少佐による研究論文「ミクロネシアにおける前進基地作戦  ”Advanced Base Operations in Micronesia” が作戦計画として正式に承認され、「アメリカが〝カラー・プラン〟として準備していた地域別戦争計画の中で日本・太平洋を対象とする〝オレンジ・プラン〟に反映された。

そして、その基本構想は「日本の海上補給路の支配及び海と空からの攻撃で日本を孤立させ食糧、燃料、原材料を枯渇させ降伏させるというもの」で、「そのためには太平洋に点在する日本軍の前進基地を一歩一歩奪取する水陸両用作戦が不可欠であった」としている。

1921年当時の、帝国による太平洋の分割。ミクロネシアの多くは日本の委任統治領とされていた(南洋群島)。

論文は、「大東亜戦争」において日米はそれぞれ水陸両用作戦を準備したが、「日本軍は実戦で成果を挙げられなかった」一方、米軍は「成功させた」として、「米国は、統合ドクトリンとして水陸両用作戦ドクトリンを発展させた。統合指揮官の指揮による統合運用及び事前訓練により水陸両用作戦を実施した。現場での統合司令部の幕僚活動も、旗艦において共に勤務する等水陸両用作戦を実施する上での統合勤務環境が整えられていた。さらに、陸、海各指揮官の責務をドクトリンに明記し、上陸前の海上航空優勢を統合運用に基づく入念な艦砲及び航空機による火力支援を実施することで確実に獲得し水陸両用作戦を成功させた」と分析する。

そして、「大東亜戦争における教訓を忘れず、また同じ失敗を繰り返さぬように水陸両用作戦を練成していかなくてはならない」と結論づける。

写真:Wikimedia Commonsより

写真:Wikimedia Commonsより

「入念な火力支援」により?荒廃した島 写真:Wikimedia Commonsより

自衛隊は、水陸両用作戦を「成功」させた米海兵隊から、「アイアン・フィスト」でこの作戦を学んできた。島じまを戦場にしたとしても、こんどこそは、奪回するのだ、それが島を守るということなのだ、という方針を掲げながら。戦闘で失われた島の自然や文化は容易には回復しないし、殺されたいのちは戻らないが、軍事基地としての利用価値が損なわれることはない。

防衛省・自衛隊の「KIDS SITE」より。「水陸両用作戦においては、海上自衛隊の艦艇から、陸上自衛隊の水陸両用車を主とする水陸両用戦部隊が発進し、島に上陸します。その際には空から航空自衛隊の戦闘機が空の安全を確保します。これら、陸・海・空が協同して作戦を行うことを統合といいます。陸、海、空自衛隊の力を合わせて島を守っています。皆さん、島を守ることについて知ることができたでしょうか。どうやったら、日本のもつ約6800個以上の島々を守ることができるか、この機会に皆さんも考えてみましょう。


備考:太平洋戦争が終わり、アメリカは西太平洋地域の覇権を獲得し、島じまを利用してきた。1946年から1962年にかけては、マーシャル諸島のビキニ環礁、エニウェトク環礁やジョンストン島、キリスィマスィ島で核実験を繰り返した。1950~60年代を中心に、沖縄島、父島、硫黄島、グアム島、ハワイ、フィリピン、韓国、台湾などに核兵器を配備した。沖縄島、韓国、フィリピン、グアム島やハワイ諸島のカウアイ島、ハワイ島、オアフ島などを太平洋の主要な軍事拠点としてきた。現在、インド太平洋軍の展開・兵站拠点として、ミクロネシアやマーシャル諸島、パラオ諸島などの軍事化も進めている。日本は、侵略戦争の反省や補償を置き去りにしたまま、経済成長を背景に太平洋の島じまの森林資源や水産資源を収奪してきた。現在、沖縄・琉球弧の軍事植民地化を進めながら、太平洋の島じまへの軍事的影響力(協力態勢)も強めている。

「太平洋多領域訓練・実験能力(PMTEC)プログラムは、インド太平洋における統合作戦や合同作戦の相互運用性を迅速に強化・促進することを目指している。」…FORUM(インド太平洋防衛フォーラム)HP 2025.4.28の記事『太平洋 多領域訓練・実験能力 米国、その同盟国・パートナーが得る 非対称的な優位性』より



⑤「種子島」と「水陸両用訓練」

種子島での離島奪回作戦の演習を伝える産経新聞 2021.11.25


種子島には、JAXAの宇宙センターや、2015年に完成した準天頂衛星システム管制局を除けば、軍事施設はなかった。現在は自衛隊員の宿舎や「馬毛島先遣隊」の活動拠点や「特定利用港湾」が存在するが、基地や訓練場はない。

種子島の西海岸の長浜海岸(中種子町)は、全長12kmにも及ぶ砂浜で、ウミガメの産卵地としても知られる。東側の中山海岸(中種子町)は、黒潮のぶつかる砂浜で、サーフィンや釣りの人気スポットとなっている。種子島最南端の門倉岬から宇宙センターのある竹崎へと続く前之浜海浜公園(南種子町)もウミガメの産卵地であり、砂浜は8kmに及ぶ。




これらの一般海浜が、2014年頃から、西部方面普通科連隊など、自衛隊の着上陸訓練に使われてきた。


2018年5月には、発足したばかりの水陸機動団が初めての大規模訓練を、海上自衛隊と共同で行った。同年10月には、水陸機動団と米海兵隊が初の、日本国内の演習場以外の場所での〝日米海兵隊共同訓練〟を行った。2019年11月には、国内最大規模(当時)の水陸両用訓練が、水陸機動団ほか陸・海・空自衛隊約1500人が参加して実施された。

基地建設着工前(2021年)の馬毛島

2023年1月に「馬毛島基地」建設の本体工事が始まったころから、住民を刺激するのを避けるためか、あるいは種子島中が工事の影響でごった返していたからか、種子島での軍事訓練は行われなくなっていた。そのかわりに奄美群島の徳之島や沖永良部島が、その島全体が、日米共同もふくむ軍事訓練の場として使用されるようになった。

しかし2025年10月、種子島での訓練は復活した。「自衛隊統合演習」で、水陸両用作戦の着上陸訓練や対機雷戦訓練などが予定された。空艇降下訓練などが実施された前之浜は、防衛省の説明資料で「前之浜降投下場」などと(勝手に?)名付けられていた。

今回の「アイアン・フィスト26」では、自衛隊約900人と米軍約900人計1800人が参加して、前之浜海浜公園(予備として中山海岸)での上陸訓練と降着訓練と陸上戦闘訓練、中種子中央運動公園での降着訓練と陸上戦闘訓練、恵美之江展望公園での無人機の離着陸訓練などが計画されている。「訓練は夜間まで及ぶ可能性があります」「飛行に際しては、可能な限り住宅地の上空を避けて飛行します」とのこと。種子島での過去最大規模を更新するような訓練が、馬毛島・種子島の本格的な軍事化に向けての地ならしもかねて、始まろうとしている。

「島の使用」



備考:2020年3月、米海兵隊フォース・デザイン2030』を米海兵隊総司令官(当時)デビッド・バーガー海兵隊大将)が公表した。現在の中国のミサイル投射態勢をふくむ「A2/AD(接近阻止/領域拒否)」態勢下では、従来の「強襲上陸」を主とする水陸両用作戦はもはや不可能な作戦であり、米海兵隊はその存在意義をかけて大転換を図っている。これは、その指針となるものだ。

「伝統的なモデルを変革しなければならない」とし、たとえば、「2個の強襲水陸両用中隊の廃止」や「強襲水陸両用車の削減」を求めている。日本の水陸機動団は、どうしていくのだろうか。

作戦コンセプトの中核となるのは、
米海軍の「分散した海上作戦(DMO :Distributed Maritime Operations)」それに関連する
米海兵隊および米海軍の「争われた環境での沿岸作戦(LOCE :Littoral Operations in a Contested Environment)」と「遠征前進基地作戦(EABO :Expeditionary Advanced Base Operations)」のコンセプトである、としている。

「在日米軍の態勢の最適化について」より 2023年1月、防衛省・外務省



⑥「アイアン・フィスト26」と「水陸両用作戦」

「アイアン・フィスト26」
2026年2月11日(水)~3月9日(月)

2024年3月、竹松駐屯地(長崎県)に「第3水陸機動連隊」が発足し、水陸機動団は3000人規模になった。2025年7月には「佐賀駐屯地」が開設し、隣接する佐賀空港は軍民共用の空港となり、8月にオスプレイ17機が暫定配備されていた木更津駐屯地(千葉県)から移駐された。この体制になってから初の日米共同訓練として、過去最大規模で、沖縄県と九州と山口県で行われようとしている。




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