「与那国駐屯地」開設から10年 終わりにしよう琉球弧収奪(なんせいしふと)
2026年3月30日(月) 18:30~19:30
新宿駅東南口(場所が確保できなかった場合は南口)
呼びかけ:島じまスタンディング、FREE THE RYUKYU ISLANDS、STOP大軍拡アクション
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11年前、いまと同じように多くの市民が国会前に押し寄せ、「戦争反対!」と声をあげました。戦争法/平和安全法制が制定された2015年のことです。その頃、与那国島では陸上自衛隊の基地建設が進められていました。「戦争ができる法整備」と「そこで戦争をするための基地建設」は同じひとつの問題だと、与那国の人びとは訴えましたが、「本土」と呼ばれる土地に暮らす私たちはその声に応えませんでした。
10年前、2016年3月28日に「与那国駐屯地」が開設されました。
それから10年の間に、奄美大島に「奄美駐屯地」「瀬戸内分屯地」、宮古島に「宮古島駐屯地」「保良(ぼら)訓練場」、石垣島に「石垣駐屯地」が開設、長崎県佐世保市の「相浦(あいのうら)駐屯地」には占領された島を「奪回(だっかい)」する作戦を担う「水陸機動団」が発足しました。そして奄美大島・沖縄島・宮古島・石垣島の4島に地対艦ミサイルが配備されたことで、琉球弧の連なる島じまを利用する戦争態勢・「南西シフト」の基盤が完成しました。
さらに、琉球弧の約40カ所に攻撃拠点を設け、部隊が島じまに分散展開するという「台湾有事」を想定した「日米共同作戦計画」の策定が明らかになり、「継戦能力」(戦争を長く続ける能力)と「反撃能力」(隣国を直接攻撃する能力)などを掲げる「安保3文書」が発表され、全国でも弾薬庫の増設や民間空港・港湾の軍事化、各種新型長射程ミサイルの開発・量産・配備が進められています。「先島諸島12万人」や「奄美群島7万人」の〝島外避難〟計画の策定も急がれています。
「島々を戦場にするな」「島外避難したくない」という声が、「本土」の私たちに突きつけられています。
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東京から見ると、与那国島はさいはての「行き止まりの島」のように見えるかもしれません。でも与那国島から見ると、西に台湾があり、その向こうに中国とユーラシア大陸が広がり、南にはフィリピンの島じま、東には八重山・宮古・沖縄・奄美の島じまが連なっています。与那国島は、東アジアに開かれた島です。
21年前…2005年、与那国の人たちは「自立」「自治」そして、自然と人間・人と人・東アジアの国々との「共生」を掲げる「与那国・自立へのビジョン」を策定しました。しかし人びとが思い描いた島のあり方は、軍事の「最前線」の島へと置き換えられていきました。「技術系の沿岸監視部隊が配備されるだけ」という触れ込みで始まった与那国島の軍事化は、この10年の間に「移動警戒隊」や「電子戦部隊」の配備など増強が進み、島内での日米共同訓練が常態化し、与那国空港の滑走路延伸と巨大軍港建設(カタブル浜と、生物多様性の宝庫・樽米湿原を掘削する)の計画も浮上しました。来年度内の「対空電子戦部隊」の配備も予定されています。一方で、与那国島のライフラインが、急速に悪化しています。人口に対する自衛隊関係者の割合も2割を超え、自治が奪われようとしています。
ことし3月2日、与那国島への「地対空ミサイル部隊」配備についての住民説明会が開かれました。2030年度に配備予定であること、弾薬庫や大型屋内射撃訓練場などを備えた約18ヘクタール(20ヘクタール以内だと沖縄県の環境アセス条例対象外)の基地建設が2028年に始まる計画であることが明らかになりました。3月28日に開催予定の「与那国駐屯地10周年記念式典」では、米軍が参加する「日米共同コンサート」(前夜祭)、ブルーインパルスの「展示飛行」、子どもたちを招待する「ヘリ搭乗体験」、地対空ミサイルの発射装置もふくむ「装備品展示」などが予定されています。
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10年前と同じように「本土」は与那国を無視するのか、ということが問われています。私たちはこのまま与那国島を奪い尽くすのか。「終わりにしよう琉球弧収奪(なんせいしふと)」にぜひご参加ください。
(九州島南端から台湾の東まで、およそ1200kmにわたって弧を描いて連なる島じまのことを、私たちは琉球弧と呼んでいます。大隅諸島・トカラ列島・奄美群島・沖縄諸島・宮古諸島・八重山諸島がふくまれます。)
▼呼びかけ・画像版
▼資料


















































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